はたらくわたし

サンボンガワといいます 好きなことは食べることと海外ドラマみること 夫と息子3人と暮らすアラフォー女 とある小さな会社で働いていて 家庭と仕事の両立に苦戦しながら 子供が一番なんだから~と立ち止まったり キャリアを諦めたくない~と奮い立ったり ブレたり  落ちたり  悔しかったり  切なかったり そんな「はたらくわたし」を描いていきます

カテゴリ: 仕事ネタ

神棚部長と麻痺社風

普段、会社の制度や上層部の姿勢に
違和感や疑問を抱くことがあるけれど

口にしたところで何ができる?

とブレーキがかかる

皆黙ってるし気にしてるのは自分だけかも…

これがうちの社風なんだしどうしようもない…

必要なら誰かが何とかするだろう…

そんな思考停止の温床が生まれていないか?

会社が言うことが絶対ではないし

部長は神でもないとわかっていても

波風を立てたくない…

上が言うならこういうもんだろう…

そんな諦めと沈黙が変革を蝕んでいく

かと言って楯突くリスクが頭をめぐる

面倒くさいと思うかもしれない

言ったところで変わらない…

合わないなら辞めればいい…

そんな忖度で麻痺する社風じゃ本末転倒だ

互いに何も得ない静かな崩壊の前に
違和感を口にできる社風でありたいもんだ

社風をごまかすな


理念やビジョンは希望や理想をもって描くものだけど

社風は日常からにじみ出る空気そのものだから

社風語りで理想を言っても、盛れば盛るほどボロが出る

そもそも公表している社風は「誰」の感想?

大事なのはカッコつけることじゃない

不満や愚痴はあってもいい

偽りの姿じゃなくて、本当の姿を好きになる

そんな人が残って一緒に走れる組織が強い

万人ウケしなくてもいい 
クセ強めでもいい

ちゃんと向き合うから改善できるんだし

認めてはじめて変わることができる

まかした社風は「みて見ぬふりの代名詞」

強くなるためには、弱さや矛盾の自覚が必要なんだから

とにかく、ごまかすのはナシ

社員が自ら自慢したくなるような

胸を張って語れる社風に行きつくまで

リアルとガチンコ勝負するしかない

それが会社の本気だと思う

今の自分にOKを

ウェルビーイングは、自分自身のことだから

心が追いつかないと本当の幸せとは言えない

外側だけじゃなく内側の納得感で成り立つ

 

自己肯定感や自己効力感はよく耳にするけど

結局のカギは「自己受容」なんじゃないかな

 

今の自分にOKを出す感覚…

「できそうだ」という自分への期待…

自分で選んだことへの納得…

誰かに届いているという実感…

そんな自分らしく働けている手応えがあって

毎日が少しずつ満たされていくんだと思う

 

理想の自分にほど遠くてもイイ

自分を好きになれなくてもイイ

でも自分の視野を狭めて決めつけることはやめよう

 

人は誰しも、誰かや何かに影響を与えているし

やってることも、やってきたことも無意味なことなんてない

でもその価値を受け止めるのも認めるのも自分自身だから

自己受容がなければ心はウェルビーイングにたどり着かない

 

反省をすることは素敵だし、厳しさだっている

そしてそれと同じくらい、自分にOKを出すことも大事


ウェルビーイングの入口

ウェルビーイングは、心身ともに満たされた状態のこと

しかし「満たされた状態」の定義は、そう簡単ではない。

体に不調がないとか、心が安定していることは

必ずしもウェルビーイングとイコールではないし

ましてや、健康経営を声高にアピールされても、

そこに滲み出るドヤ感に違和感を覚えてしまう。

「健康経営のおかげで社員は幸せに働いている」

という見せ方は、どうも引っかかるし

肝心の実感は宙に浮いたままだ。

ウェルビーイングとは何か、もう一度立ち止まって考えてみてほしい。

自分の体を気にかけられる余裕はあるか?

安心できる関係や、心が休まる場所はあるか?

社会の中での役割やつながりに、自分らしさは活きているか?

そして「いまの自分ってイイナ」と心から思えるか?

同じ環境でも、何を必要としどう感じるかはまったく別

正解は一つではないし、数値で測れるゴールもない

だからこそ、一方的でも量産的でもなく

まずは「人それぞれの幸せのかたち」があることを知ることが大事。

そして相手を思い、顔を思い浮かべながら探る時間こそが、

ウェルビーイングの入口なんじゃないかな

1on1で相談しようと思えない

「やりたくて」1on1をやっているのか… 

「やらなければいけないから」1on1をやっているのか…

その目的や意義が、自分の中で結びつかない。

それでも、運用上の理由で定期実施されているケースは少なくない。

「とりあえずやる」という、やらされ感と実施事実

「本音は言わない方が安全」という、忖度や距離感

これでは一方通行で、心は動いていない…。

「この人に相談してみたい」という、信頼

「話すと自分の考えが整理される」という、実感

こうした感覚があってはじめて、1on1は「生きた時間」になる。

「話してよかった、また話したい、次が楽しみだ」と思えるような…

「またお願いしていいですか?」と予約が入るような…

それこそが、ほんとうに機能している1on1なんじゃないかな。

「話させる1on1」は、制度によって「行動」を生むかもしれない。

でも、「話したくなる1on1」は、関係性によって「変化」を生む。

そして、変化に根ざした行動こそが、

本質的な成長につながるのだと思う。

話したいと思える相手かどうか… 

相談したいと思える相手かどうか…

そこが、1on1の第一関門なのでは?

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